新型コロナウイルスの感染拡大の因果関係と相関関係の仮説的考察

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3蜜(密閉・密集・密接)、社会的距離(ソーシャルディスタンシング)、確かに飛沫感染・エアロゾル感染を防ぐには大切なことだと理解できます。新型コロナウイルスの感染拡大は3蜜・社会的距離で抑制でき、緊急事態宣言を発してイベント自粛や休業要請など統制・統治(ガバナンス)の手法で社会的・経済的に許容を超える大きな損失を受容するように行動変容を迫られていますが、収束に繋げられる最善の方法か私は懐疑的です。

マネジメントとはP.F.ドラッカーの、目標を設定し、組織化し、理解納得させ、評価測定による賞罰を明確にし、結果を出せる可能性のある解決策で課題に対処する、というような概念が浸透しています。既知の領域でのガバナンス型のマネジメントと言えます。
端的に言えば最初に目的ありきの考え方。その目的(たとえば新型コロナウイルスの感染収束)に向かって「何をすべきか」を考え、目的から逆算して結果を生むための手段を考えて統治・統制の行動を進めて行く。現実には新型異なウイルスの収束させる未来は不確定・不確実なものだが、これをできる限り予想しながら進めているわけです。そのため、目的や意思決定がブレないメリットがある反面、未来予測(仮説:3蜜回避・社会的距離を取るよう疑似ロックダウンで行動変容させられればコロナは収束させられる)が外れた時に社会的・経済的に決定的なダメージを負うリスクもあります。

新しいマネジメントと言えるかと思いますが、S.D.サラスバシーが提唱しているエフェクチュエーションという、まだよく分からない新市場創造する行動論理があります。
エフェクチュエーションは、まず何ができるか「手段」から始め、手段を用いて何ができるか、を考えながら結果(目的)をデザインして行きます。もともと予測不可能なもの(未来)は、いくら予測してもわからない。そのような状況下では自分から今できる有効な行動を実行して影響・変化を起こして行き、可能な限り不確実な未来をコントロールしていくようにする、という行動をマネジメントする論理です。従来のマネジメントと比較すると、リスクが軽減される一方で、目的が変化する(新たな目的が生まれる)可能性を含むスタンスと言えます。

既知の領域でのガバナンス型のマネジメントでは、例えば新型コロナウイルスの収束のために、感染症の専門家や為政者・役人は一番効果を期待できる相関性の高い「疑似ロックダウン」を選択していると理解できます。1ヶ月疑似ロックダウンを実施しあともう1ヶ月延長しますが、収束させられるか・社会的経済的損失を受容させられるか?・・・・仮説が外れている可能性が大きい厳しい状況でしょう。
「新型コロナウイルスの感染拡大抑止」と「疑似ロックダウン」の相関係数は高いのは、この1ヶ月の取り組みである程度出ていると思います。しかし収束させられるまで続けられるか?
新型コロナウイルスの感染拡大抑止と疑似ロックダウンの相関関係は、「疑似ロックダウン」というあまりに多くの感染抑止要素を含む対策だから高いはずです。社会的・経済的損失の大きさのわりに収束までの見通しは立ってはいない、海外での実施事例を含めて。

見込まれる社会的・経済的損失(コスト)と得られる成果の効率の高い「因果関係」の強い今できうる対策を検討・実施するにはエフェクチュエーションの論理が役立つかもしれません。
新型ウイルスの感染拡大は、飛沫やエアロゾルによるものと、感染者が接触しウイルスが付着したモノに手指が触れその手指で口・鼻・目などに触れ感染していくことは分かっています。

中国では武漢をロックダウンは、交通の要所の大都市で春節大移動と医療崩壊への対処に対してだったと思います。それ以上に私にとって衝撃的だったのは中国のエレベーターにツマヨウジが備えられボタンを押すのはそのツマヨウジで押すというニュースの光景でした。いちいち消毒・清掃をすることは合理的でなく完全に間接的接触感染を防ぐことができないので、ツマヨウジでボタンを押させる。感染症対応の現場専門家の神戸大学岩田教授の被災地避難所のトイレ便器清掃の件の考え方にも通ずるようにも思えます(トイレ便器清掃を1時間に1回ボランティアにさせ疲弊させるより、因果関係の高い感染させない対策に注力させる・・・・便器が汚れていても尻から感染はしない)。

ロックダウンしても思うほど感染抑止効果が出ないのは、生活現場でできる感染拡大抑止と因果関係が強いと考えられる3蜜回避と社会的距離確保はできていても、もう一つの「間接的接触感染防止策」の徹底が不足していたからではないかと思えます。

疑似ロックダウンは、STAY HOMEして接触機会を80%削減しようというものであり、3蜜回避と社会的距離確保は含まれるものの、接触機会を減らすのだから手洗い・手消毒・不特定多数の接触物を避けるなど「やれる間接的接触感染防止」の徹底はそれほど求められてはいません。経済活動を再開しようとすると、3蜜回避と社会的距離確保と、手洗い・手消毒・不特定多数の接触物を避けるなど「やれる間接的接触感染防止」の徹底をして、ワクチン開発接種か集団免疫獲得まで持ちこたえようとする人が事業者側と利用客側双方で増え過半数を超えるよう仕掛けていくことが大切なのではないかと考えています。路上で唾を吐く人も多かった中国の人が、エレベーターにツマヨウジを設置してその下にゴミ箱を置いてボタン押しに使ったツマヨウジを捨てる・・・・よくそれを実行したもんだと思ってしまいます。

実際にパン屋さんでトングをやめ個包装にしたところが出たり、胸ポケットのボールペンでエレベーターのボタンを押したり、歩けるならエスカレーターに乗って手すりを持たなくて済むように階段を上がったり、飲食店などの現場でもいろいろ工夫をしている人もいるでしょう。今回示された「新しい生活様式」は、避難所で感染を起こさせてはいけないから1時間に1回便器清掃をするようにとボランティアに指示し実行させていたのと同じようなものではないだろうか。事業活動のたとえば来店客数を席や入店客数を制限して、3蜜回避と社会的距離確保するなら、事業のピーク時間を倍にできるよう例えば利用客の出社時間や昼休みの時間帯をずらせるようにどうする・休日をどうずらすのか、また間接的接触感染防止を事業者側と利用客側でどうするのか、などGive it a try! やってみましょう!を創り出さなければなりません。休業してください・営業時間制限してください、家にいて出かけないでくださいと専門家や為政者・役人から迫られて、現場はtryする金もヒトも時間も意欲すらすり減らしてしまっている中小零細のところが多いことでしょう。でも利用客が住んでいる郊外や地方の事業者はまだこれからでも間に合うところも少なくないかもしれません。

当時、中国のエレベーターでツマヨウジでボタンを押す仕組みを「ええ、そこまでするか」と思わず・嘲笑せずに見ていただろうか。「ええ、そこまでするか」と思っていたのは私です。

疑似ロックダウン(STAY HOME)であっても年単位で断続的に続けられるのか? 出口戦略を語るのか? 解除の基準を明確にしてその基準で疑似ロックダウンを解除したり続けたりを繰り返すのか? 既知の領域でのガバナンス型のマネジメントの土俵で議論されたり発表されたり報道されたり「新しい生活様式」の提案までされて、なんかうすら寒い気がしています。うすら寒く思ったと同時に、中国のエレベーターでツマヨウジでボタンを押す仕組みのことと、岩田教授のことを思い出し、あの時の自分が嫌で恥ずかしく思えました。

今、私はクライアント先にGive it a try! を創ろうと今年の2月に初期ガンの手術で入院していたころから個室の病室でもシコシコやって準備し、退院してすぐコロナ禍の環境ですが、できることからGive it a try! となるようまだ取り組み続けています。こんな私でも取り組み続けてもいいのかとちょっと昨晩からへこみはしましたが。

連休でも自宅事務所で仕事を続け、専門家ではない市井のマーケ屋の仮説的考察、そんなたいそうなものとはちがうね、反省と愚痴ですね。

株式会社MCプロジェクト 代表取締役 坊池敏哉

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